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熱帯林って知っていますか?

熱帯林とは、赤道から緯度23度(北回帰線と南回帰線)の間にある東南アジア、中南米、中部アフリカに広がる原生林。

広大な原生林の葉による光合成が、二酸化炭素を固定し、酸素を供給してくれる巨大な大気の浄化装置でもあります。

陸地面積の約6%にしかすぎない熱帯林に、地球上の生物種の少なくとも半分が生育・成育していると言われています。新薬の元になる可能性を秘めた未知の遺伝子が存在すると言う人もいます。私たちにとって大切で豊かな森なのです。

その熱帯林は、急速に減少しています。2017年だけでも日本の面積の4割に相当する熱帯林が失われました。これは観測史上2番目に大きい数字です。※参照:グローバル・フォレスト・ウォッチ」

この「森のある惑星」は、地球上でもかけがえのない場所であり、刻々と失われつつある、熱帯林の魅力を紹介するサイトです。

新着情報

熱帯林おもしろStoryに「野生から動物園にきたオランウータンたち 〜国際オランウータンの日に寄せて〜」を追加しました。

熱帯林
おもしろStory

*前編(「モリーさんのお話し」8月21日発信)からの続きです。

多摩動物公園のジプシー

次に紹介するのは1958年多摩動物公園の開園2ヶ月後からずっとここでくらしている「ジプシー」です。とても心のやさしくまわりからは一目置かれたオランウータンでした。3年前残念ながら推定62歳というボルネオオランウータンでは世界最高齢でこの世を去ってしまいましたが、いまでも多くのファンがいます。来園当時はまだ獣舎もなくいつも園内のあちこちにつながれていたことから「ジプシー」のようだと名前が付けられました。翌年に来たオスの「ドン・ホセ」や上野から来た「ジロー」との間に計4頭のメスを出産し、さらにその子どもたちもたくさん子孫を残しいまでは大家族になってしまいました。

 

還暦をむかえたジプシー(多摩)

子どもと孫に囲まれたジプシー(右側)

私が担当したときジプシーはすでに40代半ばの年齢。とにかくとてもおとなしく礼儀正しく温厚なイメージでした。悪く言えば何を考えているのだろうという第一印象でした。

しかし他のオランウータンたちは「ジプシー」の行動にいつも信頼を寄せていました。当初私も仕事の手順がわからないときなど「ジプシー」のほうから扉の前にいてくれたり、夕方外から戻ってこないオランウータンを連れてきたりと担当者が何をしたいのかすべてわかっているようでした。また何か見慣れないものが外にあると、まず「ジプシー」が確かめに行き大丈夫なら他のオランウータンたちも触るなどということがよくありました。特に子たちにはとても面倒見がよく一緒に遊び、エサなど欲しがると自分のものも分け与えるほどでした。

 

そしてあの年にしてとても好奇心旺盛なオランウータンでした。「ジプシー」の部屋にはグラビア雑誌がたくさん散乱していましたが、本というより写真にとても興味をもっていました。気に入った写真をなめたり触ったりさらにそれをやぶったととても楽しそうでした。以前、自分の本をプレゼントしたときは知っている顔がたくさん載っているので興味津々で一日持ち歩いていました。

自分の本の写真を見るジプシー(多摩)

麻袋をかぶりゴミ箱にジュースとヨーグルトをいれて調理するジプシー(多摩)

また、麻袋がお気に入りですが、よく布などの被り物やTシャツなどを欲しがっていました。担当者のもっているものをとても欲しがっていて私によく「くれ!」という合図をすることがありました。いろいろ道具をつかって自分も遊びたかったのかもしれません。他のオランウータンにはそのようなことはしてなかったのですが、「ジプシー」だけは特別でした。

 

いままで多くの驚くことがありましたが、なかでも驚いたのが、新オランウータンが完成して「ジプシー」が離れた飛地とよばれる雑木林に行ったときのことです。飛地には25メートルほどの樹木が50本ほどあります。「ジプシー」は高い木に向かっていとも簡単に高い枝先まで行ってしまいました。これはボルネオから多摩に来た推定2,3歳のころ園内の木に登って以来のことです。長いこと木に登る機会もなかったのに昨日まで登っていたかのようにスイスイと上まで行ってしまいました。それに引きつられて5歳の子どもの「ポピー」もあとをついて行きました。「ジプシー」がブラキエーションという枝から次の木の枝に移動することもしっかりと習得していました。

夕方樹上で巣作りを始めるジプシー

夕方呼んでも戻ってくれませんでした

施設ができた記念に作った指紋入り名刺

さらに驚いたのは、野生のオランウータンは毎日夕方になると夜眠るためのベットを木の上に作ります。夕方「ジプシー」の帰りが遅いことがありました。何をやっているのかよく見ると、なにやら高いところでバキバキ枝が折れる音がしました。そしてその枝を足元に集めているのですがいくつかは下まで落としてしまい、どうもうまく集めることができません。「ジプシー」は足元の枝のところに巣をつくろうとしていたのです。よく地面の場所にワラや段ボールを集めていたことがありましたが、それが高い木の上で行ったのですからびっくりしました。このようなことをやるのは「ジプシー」がボルネオで幼少期に母親が巣作りをしていたのを見ていたか、自分で巣を作ろうとしていたのかもしれません。その日は夕方になってもすぐに戻ってきませんでしたので安全を確認して帰宅しました。もしかして飛地に雑木林の上で夜空を見ながら母親と一緒に過ごしていたことを思い出したのかもしれません。

未来につながる生命

野生のオランウータンはゴリラやチンパンジーとちがって父親は子育てをせず、その分母親がとても大切に子どもを育て上げます。その子育て期間もヒトよりもはるかに長く7~8年です。私も子どもが4,5歳になっても母親の乳首に吸い付くところを何度も目にしたことがあります。その子育ての間に母親やまわりから多くのことを学び、森へと出ていきます。現地から来たオランウータンは、来園時の体重や体格、さらに乳歯など歯の状態で年齢判断することが多かったようです。それによると「ジプシー」や「モリー」が動物園に連れてこられたのが推定2歳ぐらいといわれています。いまどこの動物園でも母親からコドモを2,3歳で分離し、移動することはできるだけ避けるようになりました。つまりできるだけ長い期間母親やなかまのもとで多くのことを学習させる方向になってきました。

 

生まれた子どもに近づくジプシー

ジプシー(左)と長女のジュリー(右)

「ジプシー」の長女の「ジュリー」が1965年に生まれました。当時は動物の芸がさかんで「ジュリー」も母親の「ジプシー」から離れ、ショーに出ていたときがあります。しかしそのあと次女の「サリー」、三女の「チャッピー」と生まれ、「ジュリー」も一緒に暮らすことになりましたが、早くに親元をはなれたためかほかのオランウータンとはうまくやっていくのにとても時間がかかりました。

野生からきた「モリー」も「ジプシー」も現地ボルネオの森で母親が子育ての途中で日本につれてこられたオランウータンです。もし連れてこられなかったらひっそりとジャングルのなかで生活し自分で巣作りも行っていたことでしょう。

しかし、いまボルネオの森は急速に開発が進み、もしかして彼らの仲間たちはもうすめない状態まで追いやられているのかと思うことがあります。

「モリー」や「ジプシー」が来園した1950年のころのボルネオの森林地帯は島全体が緑色で覆われたのに2020年では森林は油ヤシにプランテーションにかわり、多くの森林が消失してしまうでしょう。ボルネオのオランウータンの数はサバ州以外詳しくわかってませんが、生息地の分断化が進み、約7万頭(CBSG 2016. Orangutan Population and Habitat)、多く見積もっても10万5千頭(Red Databook)といわれていますが、この先50年間で減少を続け消滅するともいわれています(Abram et al. 2015 )。

 

いまや60歳ぐらいまで生きる動物です。

子どもに寄り添うジプシー

8月19日は国際(または世界)オランウータンの日にあたります。環境問題、野生や動物園など世界中でくらすオランウータンの今世界で起きていることをみんなで考えようという企画です。年を追うごとに認識度が高くなってきていますが、ここでいまかれらオランウータンを救うために何ができるか考えてみるいい機会かもしれません。

野生から動物園にきたオランウータンたち 〜国際オランウータンの日に寄せて〜 前編

黒鳥 英俊(ボルネオ保全トラスト・ジャパン理事)

動物園にも現地ボルネオから来たオランウータンがいます。野生生物種を絶滅から守るという目的で1975年に発効されたワシントン条約(CITES)に日本が1980年に批准しました。この条約前に動物園などに入ってきているオランウータンは野生由来とよばれる生息地で生まれたものです。

迷子のオランウータン、あなたのお家は…?

これはインドネシアのボルネオ島(カリマンタン)で、オランウータンの保護活動をしているCentre for Orangutan Protectionという団体のリハビリセンターに訪問したときに撮った写真です。名前はポピーちゃん。当時は生後2〜3ヶ月ほどで、まだ歯も生えていません。つぶらな瞳がとてもキュートで、どこか人間の赤ちゃんにも似た愛らしさがあります。

空飛ぶタネと東京オリンピック

今年(2019年)の3月にサラワクを訪れた際、村人と森を歩きました。森に入るとあちこちの林床に特徴的な形をした種が落ちています。フタバガキの種(たね)です。この樹種は、不定期に開花する特徴があり、開花する時は一斉に
開花します。花が咲くのは5~10年に一度と不定期で、いつ開花するのかよくわかっていません。この森では数ヶ月前に小規模の一斉開花があったようです。

森のある惑星への旅

熱帯林からお届けする写真ギャラリー
私たちが住む「森のある惑星」に想いを馳せてみませんか?

注目を集める森の小さな受粉役

東南アジアの森や街かどで、もっともよく見かける昆虫のひとつがハリナシバチです。その名が示す通り、ハチでありながら最大の特徴である針を持たない、ちょっと不思議なハチです。日本ではあまり知られていませんが、世界中の熱帯、亜熱帯地域に、なんと400種以上が生息し、ミツバチ科ハリナシバチ属という大きな分類群を成しています(ちなみにミツバチ属は9種)。

意外と弱い巨木の森

眺めていて首が痛くなるほどの木々の高さは、熱帯雨林の最大の特徴です。原生林を歩いていると、日本なら愛称がついていてもおかしくないほどの巨木をあちこちで見かけることができます。
枝葉の茂っている森の上部「林冠」の高さは20~30mほど。2016年にはマレーシア・サバ州のダナム・バレーで、高さ89.5mの巨木が発見され話題になりました。高い林冠部をつきぬけてそびえるそうした高木は「超高木」と呼ばれています。

自分らしく生きていけば? By. テングザル

みんなと同じように生きることに違和感を抱いたことはありませんか? でも実際は、みんなと同じ安定した仕事や生き方とは異なる方へ進むって不安に思えてしまうのではないでしょうか?「やりたいことがあって仕事をやめたけど、親にも心配されている…、この先大丈夫かな?」
「友達はみんな有名大学に進学希望だけど、自分もそれでいいのかな?」「周りの子どもと趣味や関心が異なるうちの子、将来がちょっと心配だな…。」もしそんな風に迷ったり疲れたりする時があったら、思い出してもらいたいおサルさんがいます。
「どーも、テングザルです♪」

About Us

このサイトは、熱帯林を取り巻く環境や社会問題に取り組む十数団体の日本のNGOが協力して作っています。

世界が抱えるさまざまな問題を解決するために、2015年に国連が定めたSDGs(持続可能な 開発目標)のことをご存知の方も多いでしょう。その中で森に関わるSDGs 15では「2020 年」を期限として森林減少や劣化を阻止することなどが掲げられています。他の目標では 2030年に期限が設定されているのに対し、この目標は2020年とされています。つまり、森 林の問題はそれだけ緊急性が高いということなのです。

私たちは通常、それぞれの団体が個別に市民の方や、企業の方、自治体、政策を作る方々に 向けて、メッセージを伝えてきました。しかし今、「1団体がコミュニケーションを取れる範囲の人々」という小さな輪のなかで、情報を共有し行動を促すのでは、問題の解決にはとても間に合わないと考えています。目標の期限までは時間がありません。

私たちは、協力して、「森林」その中でも特に重要で危機に瀕している「熱帯林」の問題に ついて訴えていくため、このサイトを運営することにしました。

熱帯林は「地球の肺」とも表現される場所です。赤道から緯度23度(北回帰線と南回帰 線)の間にある東南アジア、中南米、中部アフリカには、かつて広大な原生林が広がっていました。熱帯林は二酸化炭素を吸収し、酸素を排出する巨大な空気清浄機であるとともに、 多くの動植物の命を支える生物多様性豊かな環境です。

しかし、熱帯林はグローバル化した経済の中で、森の資源が切りだされたり、大規模な農地 転換(プランテーション化)が進んだりしました。森はいわば「世界に切り売りされている」というのが現状です。日本も1960年代から長期にわたり大量の南洋材を輸入、現在も大量の紙パルプやパーム油 などを消費し、これらの問題に無関係ではありません。

そこで私たちは、まず熱帯林について、日本の皆さんに広く知ってもらうために、このサイ トを作りました。熱帯雨林とは何か、どんな魅力があるか、どんな可能性があるのかを、よ りたくさんの人々に実感してもらえる場所となることを望んでいます。このサイトを通じ て、多くの人が熱帯林に思いを馳せたり、考えたり、何かを行動してくださることを、私たちは期待しています。

熱帯林の減少に対して、すでに行動を始めている市民、企業、自治体、政府、NGOの方々 が世界中にはたくさんいます。

熱帯林への旅を、一緒に始めましょう!

参加団体

ウータン・森と生活を考える会

多くの生きものが棲み、先住民にも生きる糧を与えてくれるボルネオ島の自然豊かな熱帯林を、国内外のNGOや現地の村人と共に保全する活動や森林減少の要因となっている私たちの日本での消費生活を考える活動を30年以上続けています。

F.C.Manis

近絶滅種のオランウータンを守るため、オランウータンのマスコット「マニス」 をアイコンとし、環境教育と環境保全を行い、森林破壊の現状、私たちと熱帯雨林の関係を伝えています。

レインフォレスト
・アクション
・ネットワーク

レインフォレスト・アクションネットワーク(RAN)は、米国のサンフランシスコに本部を持つ環境NGOです。1985年の設立以来、環境・森林保護で最前線に立つ人々とのパートナーシップと戦略的キャンペーンを通じて、環境保護と先住民族や地域住民の権利擁護活動をさまざまな角度から行っています。

サラワク・キャンペーン委員会 (SCC)

1990年代に自治体の公共事業の熱帯材使用削減を求める「自治体キャンペーン」を展開し、全国150余の自治体がそれに応えました。現在もサラワク先住民との窓口で、同キャンペーンを再開しています。

熱帯林行動
ネットワークJATAN

1987年から「違法材、原生林材不使用」の呼びかけやインドネシア、タスマニア等の紙・パルプ問題に取組んでいます。

地球・人間環境
フォーラム (GEF)

地球と人間が共生する環境づくりのための研究、提言、連携の場づくりに取り組んでいます。

グリーンピース
・ジャパン

世界55以上の国と地域で活動し、国内だけでは解決が難しい地球規模で起こる環境問題に、グローバルで連携して解決に挑戦しています。政府や企業から資金援助を受けず、独立したキャンペーン活動を世界各国で展開しています。

FoE Japan

地球規模の環境問題から取組む国際NGOで、日本では1980年に創設されました。フェアウッド・キャンペーン展開などによって、違法材問題についての企業の認識が変わってきました。

ボルネオ保全トラスト・ジャパン (BCTJ)

マレーシア・サバ州のキナバタンガン川流域で、トラスト活動によって野生動物が生き残る環境を保全するための「緑の回廊づくり」をはじめ、「オランウータンの吊り橋」、「野生動物のレスキューセンター」を主なミッションとしています。

more trees

森と人がずっとともに生きる社会を目指し、「都市と森をつなぐ」をキーワードに国内外でさまざまな森づくりの取り組みを行っています。